jgospel(日本語のゴスペル)中心を歌っているゴスペルグループです。


by j-gospel-niji

待っておられます

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香です。
私は、人が沢山集まるところに行くと、必ず言われることがあります。
‘多くの戦争の発端は、宗教ではないか’‘アフリカなどの植民地化は、ヨーロッパの国が「(キリスト教の)神が言われた」と言って進出した’ ・・・等々。
‘愛すべきなのは人間であり、悪いのは、その愛すべき人間を振り回す宗教’と。
私は、以前、ヨーロッパの本物のクリスチャン達が、国の政策に反対して殺されていき、植民地化が進められていった映画を見たことがあります。
その時代に生き、その場にいて、自分のこの目で見たわけではありませんから、私には、本当は、そこで何が起き、誰がどうしたのか、わかりません。
そして、沢山の情報を簡単に得ることが出来る今のこの世の中でも、全てが真実とは限りません。真実な事柄が、報道されないことさえあります。また、実際にその場にいた人達に話を聞くと、報道されていることが真実とは全く違うことが多々あるのも、現実です。
これまでの歴史上のことでも、人の欲の為に、‘神’が利用され、聖書の言葉が乱用されることだって、可能ではないでしょうか。
ただ、私が知っているのは、私達が立つのも、座るのも、私達一人一人の思いも、全て知っておられる神がおられること。そして、聖書の言葉は、一節だけを取り上げて自分の好きなように解釈するものではないこと。聖書に
『すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。』
とあります。私達は、それが神から来ているのか、そうでないのか、聖書によって判断する事が出来ます。そして、聖書には、
『神は愛です』     とあり、神からのものでないものに関しては、
『肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。』
とあります。それに対し、神から出ているものについて、
『しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。』
とあります。この御霊の実によっても、神からのものかどうかも判断することも出来ます。

確かに、イエスキリストを信じていない人でもキリスト教以外の他の宗教を信じている人でも、思いやりが沢山ある人、親切な人、素晴らしい人格の人、そういった人達は沢山おられると思います。
しかし、私は、信じています。
私達の内側には、造り主である神様でないと埋められない場所があり、神であるイエスキリストは、私達をいつでも待っておられます。
『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。  - 聖書 - 』
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by j-gospel-niji | 2010-01-02 17:29 | 日記